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菊地保寿堂

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皆様は鋳物の中でも「山形鋳物(やまがたいもの)」というものをご存知でしょうか。
山形鋳物とは、900年という長い歴史を持つ伝統工芸品で、その特徴は、鉄器がもつ重厚な存在感はそのままに、薄くきめ細かな肌感が生み出されている点にあります。
今回は、山形鋳物のなかでも特級の鋳物を作っており、世界中から注目を集める、株式会社菊池保寿堂 代表取締役 菊地 規泰 様に取材させていただきました。

菊地保寿堂の歴史と伝統

始まり
当社は、1604年に山形の城主・最上義光(もがみよしあき)公の御用鋳物師として、初代・菊池喜平治という者が擁護されたことに始まります。当時17名の鋳物師が擁護されましたが、そのうち、現在でも鋳物工房をやっているのは当社だけです。

口伝により語り継がれる家訓
代々、家訓のように守っていかなければならない一番大切なことは、口伝すなわち口頭で伝えられてきています。
その家訓の中でも一番重要だと思うものは、
「伝統はきちんと原型を守っていきなさい。しかしそれだけではダメで、その時代その時代に合わせた物を開発していきなさい。」
という家訓です。
伝統的なことをやっていくうえで、これは非常に重要なことではないかと思っています。
各代各代を顧みると、やはり新しいことをやっていますし、現在の世の中で考えると、先祖が言っていたことがとても良くわかります 。

ヨーロッパに感じた可能性
私は大学を卒業した後、世界中の見本市を色々と見て回りました。その見本市の中で世界最大規模を誇るのが、ドイツのフランクフルトで開催されるAmbiente(アンビエンテ)という見本市です。
このAmbienteに以前出展した際、「今までの物を直接ヨーロッパに持って行っても、文化が違うので使われることはないだろう。」そんな風に感じました。
しかしその一方で、伝統的なお茶を飲む“ 急須 ”を買う方も増えていました。
それを見たときに「うちであれば、伝統的な急須ではなく、新しい時代に向けた日本のモダンな製品を開発することができる。それをヨーロッパの方に見て頂ければ必ず成功するだろう」という確信を持ちました。それが30歳くらいの時です。

Modern vintage of Japan

その時代に合わせた改革
Ambienteで感じた確信から、『Modern vintage of Japan(モダン・ビンテージ・オブ・ジャパン)』というコンセプトで、新しい製品を作り始めました。それがうちでは大きな改革の一つだと思います。
新しい製品を作るためには、伝統的な鉄瓶や茶の湯釜を作る技術、設備や素材など、今までのそれとは大きく異なる技術や設備を使わなければいけません。ですから、リスクがあるわけです。しかし、今までのものだけで生活できれば良いですが、時代が求めるものというのは、その時代その時代で多少変わってきます。それに合わせて改革をしていかなければ、伝統というのは、残らないのだと思います。

一方、歴史を紐解いてみると、30年から50年くらいの周期で、伝統的な物や、昔の人が大切にしてきたことがリバイバルで評価される時が必ず来ることも分かっています。それが今の鉄瓶とかの流行になっているわけです。ですから、改革をするためには、常に、その時代その時代でマーケティングを行い、それに合った、人が感動する製品を作っていくことが必要だと思います。

海外にも評価されるModern vintage
コロナになって、確かに売り上げは落ちました。しかし、ヨーロッパでいうと特にフランスではコロナ前の約60%から70%の注文が入っています。現在、ウクライナの隣のジョージアという国からも注文が入っています。つまり、コロナになってお家にこもる時に、やっぱり皆さん紅茶などのお茶を飲まれるようです。その時に、うちのModern vintageの急須でお茶を飲みたいと思ってくださる方が居たのだと思います。そういう形でうちの商品を使っていただいたというのは、私が行った革新が、この時代にピタッと合ったということではないかと思っています。

人の感性はAIに勝る
これから発表される商品なので、詳しくはまだお話できませんが、コロナ禍の生活の中で、非常に重要なアイテムを開発しました。さらに見た目は、見る人が「うわー美しい!!」と思いながら使っていただけるような商品です。つまり「先端の技術」と「作り手の感性」と「利用者の感性」がピタッと合った商品になるのではないかと思っています。
この商品を開発からずっと携わってみて分かったことがあります。実は、開発を始めたばかりの頃はコンピューターのイラストレーターを使用して商品のデザインを描いていたのです。しかしこのデザインが全く心に訴えかけてこない。そこで、作りたいもののラインを全て手書きにしたところ、非常に豊かな、そして感動的な形ができてきたのです。
その後も、機械で作ろうとすると、なにかと問題点が出てきてしまい、「AIはまだ人の感性を越えられないのだ」ということがよく分かりました。つまり、“感動する心”をAIはまだ作れないということです。これは、まだ数年は続いていくと思っています。

今回の商品は、人間の手でつくったもの、すなわち人間の感性や、日本に根ざした文化的思想、自然崇拝などがきちんと反映されて作られます。30人くらいの人に作品を見てもらいましたが、特に若い人が非常にきれいだという評価をしてくれました。
このように、人間の感性や文化的思想などを、今後も大事にしていくことが、AIの社会になったとしても、我々のような伝統工芸が生き残るためには必要だと思います。
『自分の手で書いて、作って、それを人の感性に訴えていくということ』は、どんな時代になっても変わらないテーマなのだと思います。
結局AIやIT関係はビジネスのツールとして使うものであって、最後に差別化するためには、人間の感性が必ず重要になってくるのではないでしょうか。

ものづくりの『技術』

ものづくりの転換期
日本には元々、物を作る「技術者」「職人」といったステータスがありました。これが、明治43年に白樺が日本に入ってきて、芸術という言葉が日本に入ってきた途端に、職人や技術者が「先生、先生」と芸術家に祭り上げられてしまいました。ここから日本の工芸は衰退していったと思います。それは、残されてきた作品を見ればよくわかります。
ものを作るということは、当然感性が一番大事です。“美しさを作る”という感性ですね。しかし、それを実現するためには技術も必要なのです。技術がなければ、その表現の実現できません。

「技術」というものの重要性
逆に、古いものを見ていくと、鋳物づくりの技術を非常に高めた時期というのもわかります。それは、特に日本の茶道で使う茶の湯釜を見ればわかりますが、鎌倉時代から江戸時代初期ぐらいまでに非常に優れた作品が残っているんです。
それが、西洋化の時代に入り、茶道の文化にまで西洋的なものの見方が取り入れられるようになってしまった。その結果、現在、文化と技術は相当別々な状態になりつつあります。つまり「技術」を蔑ろにしてしまったのです。そして、市場性が無いからといって技術を高めることをやめてしまったり、その仕事自体辞めてしまったりしているのです。
このようなことからも、うちの家訓にあるように「伝統的なものを守りながらも、その時代その時代に受け入れられるものも作る」ということが大切なのだと思います。

文化を守る
今の資本主義社会においては、利益を上げることが第一と言われています。我々の考え方はそれには相反すると思います。つまり、伝統的なこと、特にうちで言うと、日本刀と同じ原材料で造る技術がありますが、これを守っていくということは非常にコストがかかります。それでも、日本の文化を守るためには今の製品をたくさん作って、多くの方に使っていただく。そうすることで、日本人としての根源の文化を守っていけるのだと思います。

※ 源材料・・・砂鉄を玉鋼(たまはがね:日本刀の鍛造用の材料)と同じ製法である、たたら製鉄法にて、玉鋼と炭素含有量がわずかに違うだけの和銑(わずく:鉄を溶かして砂型に流し込む→鋳物の素材)に原材料として造り替え、使用した材料のことです。

美味しくて安全

日本文化に対する評価
私は、大学に入学して初めにデザインを学び、そのあと現代美術の彫刻を学びました。なので、アートと工芸についてはどちらも理解しています。そのうえで、私が現在Modern vintage of Japanというコンセプトのもと造っているものは、アートとして見られようが、クラフトとして見られようが、どちらでも良いと思っています。
実際、私たちの製品をみて「すごくシンプルできれいな形ですね」とか「素敵な色ですね」などと言われることもありますが、結局彼らにとっては、美しいものでお茶を飲みたいという気持ち一つだと思うんです。
つまり、評価されているのは、アートか工芸かという点ではなく、日本の伝統的な美しさを現代に作りかえた部分だと思います。日本には、昔からの素晴らしい文化がありますが、それをきちんと日本人として咀嚼して、今の自分たちの感性で表現していくこと、そうすることで世界から評価されていくと思いますし、そこを評価されたいと思っています。

「美味しくて安全」というコンセプト
私の代で特に重視しているコンセプトは、日本語で言えば、「美味しくて安全」です。
うちの製品でお茶を飲むのであれば、お茶をいかにおいしくすることができるかが重要ですし、かつ、それが人間の身体や自然界にとって、いかに安全なものであるかも重要だと思っています。このコンセプトをもう30年以上も続けております。今でこそSDGsという言葉で言われるようになりましたが、実は日本の伝統工芸にはすでにSDGsが確立されています。こういうことをきちんと次の後世の若い人たちにも伝えていきたいです。

一緒に働く仲間

年齢は関係ない
20年前から若手育成にかなり力を入れてやってきました。現在の主流は30代、40代前半が中心となっています。その中で工場長が72歳です。
ここに、これからの日本の問題を解決するキーワードが表れていると思います。

うちは、年がいくつになったとしても、本人がその仕事をやりたい、体力的にもその仕事ができる、ということであれば、年齢に関係なく是非この仕事を続けてほしいと思っています。
一方、若い人に対しては、この仕事をやっていて自分に対する肯定感をいかに持ってもらうかが重要だと思っています。例えば、給料や所得から考えたら、うちよりもっと良い仕事は沢山あるはずです。しかし、人間それだけではなくて、自分がやっている仕事がパリの一流店で売られていて評価されている。とか、世界中の有名なところから引き合いがくる。とか、自分たちの作っているものが製品として売られていく。といったことが仕事をするうえで一つの支えになると思います。

自らの仕事に対する誇り
もう一つは、若い人がこの仕事をやっていて、自分に対する肯定感をいかに持ってもらうかということが重要だと思います。例えば、給料、所得からしたら、うちよりもっと高い仕事が沢山あるはずです。
しかし、人間それだけではなくて、自分がやっている仕事がパリの一流店で売られていて評価されている。世界の色んな有名なところから引き合いがくる。自分たちの作っているものが製品として売られていく。これが一つの支えになっていると思います。

若い人が山形で生活し続けられることを目指して
うちは他の企業のように、若い人たちを集めて行う就職ガイダンスのようなものは実施していません。100人とか1000人の中のたった一人でいいんです。自分の自己実現のためにものづくりをして生きていきたいという人が必ずいます。こういう人たちのために、私たちは山形に居続けて、若い人が山形で生活していく意味を見出せる企業であり続けたいと思っています。

海外との取引

最初の海外取引
最初にアメリカと取引をしたのは、今はもうありませんが、TEAVANAという紅茶の専門店です。これは全米に300店舗ありました。リーマンショックの頃に、TEAVANAのCEOが山形のこの店まで来られて、是非うちの商品を扱いたいという話になりました。
その時、うちからは5つの条件を伝えしたのですが、TEAVANAのCEOはその条件を全部飲むと言い、明日もう一回オーダー票を持ってきますと言って帰られました。とても日本的だったと思います。
その後、無事にTEAVANAと取引を開始したのですが、北米に向けて相当な量の出荷が始まったのが、ちょうどリーマンショックの月からでした。おかげでリーマンショックの時でも売れないということはなかったですが、円高により1ドル74円まで上がってしまいました。うちは1ドル100円をきると、赤字になります。製品は売れているから補助金も出ない。もう本当に大変でした。しかし、ここでやめてしまえば次の仕事に繋がらないと、当時はとにかく必死に踏ん張って繋いでいました。

日本人らしく実直に頑張るということ
そうやって必死に踏ん張っていたところ、知り合いのベルギーの会社から「菊地さん、そろそろヨーロッパで販売しませんか。」というお声を頂きました。これは本当にありがたいお話でした。
詳しく話を聞くと、「とにかく菊地さんのところの商品は、鋳物の急須では世界で一番品質が良い、デザインもいい、配送の問題も全くない。是非一緒にお仕事をさせてほしい。」とのことでした。
この時、日本人らしく実直に頑張っていれば、必ず神の救いがあるのだなと思いました。

日本で唯一、厳格な基準をクリア

今から5年くらい前に、フランスで輸入品に対する食品衛生基準が非常に厳しくなりました。うちの急須の内側には、匂いが移らないようにホーロー加工がされています。このホーロー加工をするために使われる顔料の一部が、フランスの食品衛生基準に引っかかってしまったのです。これはうちだけではなく、日本の鋳物製品の全てが引っかかってしまいました。
しかし、この問題をうちではステージ分けして一つずつ解決することにしました。2年半かかりましたがクリアすることが出来たんです。これをクリアするためには、“ ある部分のちょっとしたところ ”を解決しなければいけないのですが、この“ ちょっとしたところ ”が皆解決できていないのです。
この技術を真似することができません。なので、現在、フランスの食品衛生基準をクリアしている鋳物はうちだけです。

このように振り返ってみると、本当にたくさんの問題にぶつかってきました。問題にぶつかったときに「日本のものづくりの問題に真摯に向き合うことができるかとか、真摯に良いものを作ろうとしているか」という気持ちがあるか否かが重要なのだと思います。そのような気概があったからこそ、今まで出てきた問題を全て解決してきているのだと思います。

「社長、かいずどさ嫁に行ぐのや」

国内における販売では、もう20年も前に百貨店等との取引をやめています。
これはなぜかというと、今生きてれば89歳になる職人が、あるとき山形弁で
「社長、かいずどさ嫁に行ぐのや(社長、これはどこに嫁にいくのか)。」
と聞かれたことがあったんです。
この言葉が私には衝撃の一言でした。
「なるほど、やっぱりみんなもエンドユーザーを知りたいんだな。」
と思いました。それ以来商社との取引はスパッと止めています。その代わり、独自でマーケットを拡大することでここまで来ることができました。

岡本 太郎 氏との交流

岡本 太郎 氏との出会い
岡本太郎先生とは、20余年一緒にお仕事をしました。川崎の岡本記念館にも私の作品が3つ入っています。
岡本先生の鋳物、すなわち彫刻作品というのは、岡本先生がまず原型を造り、それをブロンズやアルミ鋳物に置き換えて造られます。ここで鋳物業の技術が必要になります。
岡本先生は晩年に近い頃に初めてうちに来られたのですが、鋳物の技術の中の「抜き」といわれる技術力が高いところがないか、色々と調べていたところに「山形に菊地保寿堂というところがあるから行ってみたらどうか。」と言われて、うちに来られました。

太陽の塔の顔

これは岡本先生が原型を作り、うちで鉄の鋳物にした作品です。既に他の産地で作ってみたそうですが、抜きが甘くてダメだということでした。しかも岡本先生の作品ということで、作品の横流しまでされてしまうということで、非常に困っておられました。
うちには、そういうずるいことをしてはまかりならんというしつけが代々伝わってきています。
そういう信頼を得ることで、うちが依頼を受けるようになりました。

岡本 太郎 氏の人物像と『岡本イズム』
岡本先生は、テレビで見るような、全くあのような感じの方で、剛速球が一球ピュッと来るだけの方です。もう160キロ越えの直球が来るようなものですよ。つまり良いか悪いかの2つだけ。ダメと言われたら、またゼロから作り直さなければならない。でもおかげ様で、ダメと言われたことは一回もないです。
これは、私が『岡本イズム』を理解していたからだと思います。
どういう事かというと、ある時、岡本先生が原型を持ってこられたので、私が
「先生、これをどのように最後の仕上げをしますか、素材はどうしますか。」
と聞いたことがありました。
そうしたら、岡本先生はなんと言ったと思いますか。
「夢があるように作ってくれ。」
言ったのはこれだけだったんです。
岡本イズムの理論を知らないと、これがどういう意味なのか分かりません。
ですから、私は岡本イズムを理解するために、先生の膨大な資料を見たり、読んだりしてとにかく先生の『岡本イズム』を研究しました。
製作をしていると、必ず途中で見に来てくれるんです。その時も剛速球で「良いか悪いか」それだけです。「ここをちょっとこうしてくれ。」とか一切言わない。
「先生どうでしょうか。」と聞いたら、「おお、いいね。」これで終わりです。
だからこちらは毎回ドキドキです。
でも、岡本先生とのお仕事や、お茶のお家元の茶の湯の窯を作るようなお仕事は、とても厳しいですが、そのような非常に厳しい仕事をさせていただいたおかげで、今こうしてグレードの高い海外向けの商品が作れるようになったと思います。
今考えても、非常にいい仕事をさせていただいたと思っています。

岡本 太郎 氏のサイン


これは岡本先生がうちに来た時に、「色紙と筆。」とだけ仰られ、書いてくださった色紙です。
ここに判はありません。直筆である証明です。

山形という地が成す技
山形というのは元々平安時代に職人が産地を作ってきたところです。ですから、物を作る品質とかそういうものに物凄く拘ってきた産地なのです。
高度経済成長期に大量に売るというやり方は向かなかったかもしれませんが、岡本先生や茶道のお家元のような目の肥えた方とのお仕事は得意なのだとつくづく思います。
ですから、ようやく時代が拓けてきたと感じる今日この頃です。

日本の美意識を表現する『笹ベラ技法』

ここに、竹の模様があります。この笹の部分。これは全て、砂型(鋳物を作るときの砂を材料とした型)に一つ一つ、笹のようなヘラを押し付けることで模様を付けています。この技術は、『笹ベラ技法』といって、日本では1200年前から変わらず伝えられてきている技法です。模様はハッキリと出ますが、横から見ると平ですごく浅い模様になることが特徴です。例えばこの葉っぱの模様は深さ50ミクロンしかないので本当に薄いです。この笹ベラ技法を用いてつけられた模様は、まるで墨絵のようだと思います。

墨絵には、あまり濃く書かずに、薄い墨で立体感を見せるという“日本の美意識”があります。例えば、空間の深さを表すときには、できるだけ濃淡の幅が少ない方が、空気感が出てくれますし、濃くガーっと書かずに、薄く書くことで立体感と空気感を見せられます。これが“日本の美意識”のひとつです。

こういう“日本の美意識”は、笹ベラ技法を用いることで鋳物にも反映されると思います。
しかし、この笹ベラを使える人が、今の日本にはもうほとんどいなくなってしまいました。
私は小学生のころから、うちの父や人間国宝でうちの工房を使って作品を作っていた先輩方から「笹ベラを覚えるとすごく模様の幅が広がるよ。」教えられていたので、休みを使っては、粘土を用いて、笹ベラで模様を押す練習をしていたものです。
「この笹ベラを覚えるとすごく模様の幅が広がるよ。」と言われて、それでその笹ベラで模様を押すやり方を、休みの時にはよく粘土に押したりして練習していました。こういうような技術を、今うちの若いスタッフに教えているところです。

日本のものづくりの未来


日本では、特に伝統的な高い技術力が非常に減ってきています。色々なものが作れなくなってきているということで、ここ3ヵ月くらいで色々な仕事の話がうちに来ています。そうは言っても、うちもスタッフの技術者も限られていますので、全て出来るわけではありません。
私が思うのは、日本の伝統的な文化を踏まえて伝承し、創造していくものづくりをしていけば、きっと世界から受け入れられていくのではないかと、思っています。そういう時代に入ってきていると強く感じます。


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